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書き方

2021/04/16

【Q&A】「自分史」は、毎日こまめに日記をつけているような人でなければ作れないのでは?

【Q&A】「自分史」は、毎日こまめに日記をつけているような人でなければ作れないのでは?

Q
「自分史」は、毎日こまめに日記をつけているような人でなければ作れないのでは?
過去の出来事を正確に思い出すには、日記のような資料が必要だと思うのですが。


A

日記があればベターかもしれませんが、それが必須ではありません。過去の資料が乏しかったとしても、問題なく自分史は作れます。日記と自分史は、完全に似て非なるものです。

確かに、日記があればより詳細な過去は思い出せるでしょう。とはいえ、ただそれだけのこと。過去を思い出すだけであれば、日記ではなく写真やアルバム、実家や過去に住んでいた場所、昔の自分をよく知る家族や友人との会話などからでも充分に可能です。
最近であればブログやツイッター、フェイスブック、PCに保存された画像フォルダなどの情報からも自らの過去を思い出せます。

むしろ日記などの膨大な資料があったとしたら、それをどうやってまとめるかが一苦労です。情報がありすぎるがゆえにまとめ切れず、途中でさじを投げてしまうかもしれません。

 

自分史だからといって、人生の全てを網羅しようとしたり、完全に正確性を求めようとしたりする必要はありません。いま、自分が覚えている範囲の記憶をゆっくりと辿っていけば、おのずと書き手の思いが反映された自分史になります。

覚えていない記憶というのは、自分にとってあまり印象に残っていないということ。軽視して問題ありません。逆に自分にとって大事なことであればあるほど、しっかり覚えている可能性が高いです。それは長期的な目標を達成したことかもしれませんし、ある一日の些細な出来事かもしれない。いずれにせよ、その内容の規模や他者の評価などは関係なく、内容は何でもいいのです。自らの記憶に残っていること、またそれに付随するエピソードこそが、自分史に書くべき内容です。

書き手にとって大切なことがしっかりと記されていること、それこそが素晴らしい自分史なのです。

 

なお、自らが大事だと思っていることや、自身の価値観などは、時の流れとともに変化します。その意味では若いうちから自分史執筆に取り組んでおくと、自らの内面の成長や変化が感じられて面白いかもしれません。

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