コラム
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書き方

2019/11/25

「自分史」に、小学校時代の通学路のことを書く

「自分史」に、小学校時代の通学路のことを書く

小学校時代の登下校の道中を覚えていますか。

 

 

公立の小学校であればほとんどの人が徒歩で通学したと思いますが、その通学路を頭の中でたどれるでしょうか。私立や国立の小学校であれば、バスや電車などの公共交通機関を使って通学したと思います。

では、当時の朝のルーティンを思い出しつつ、小学校への道中を頭のなかでよみがえらせてみましょう。人によっては、いくつかの通学ルートを持っていたと思います。

 

 

・道中にあった建物、特徴的な家

・帰りに寄ったお店

・道端に生えていた植物

・一緒に通学した友だちのこと

・登下校時に友だちと話した内容

・寄り道した場所

 

小学校時代の通学路は転校しなければ6年間、ずっと往復する道です。そのなかで巻き起こったエピソードも、大なり小なりきっとあるのではないでしょうか。一つのエピソードを思い出せたら、それに付随して連鎖的に記憶がよみがえることがあります。小学校時の登下校というテーマはかなりピンポイントで、あえて思い出すことはほとんどないと思いますが、脳のメモリーにはしっかりと刻まれています。ぜひ、その記憶を辿ってみてください。

 

個人的には、実家から小学校まで直線距離で200mと非常に近かったので、さほど印象的なエピソードはありません。それでも思い出したことを最後に記してみます。

 

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私が通学路でよく覚えているのは、近くにあった農業高校で飼育しているサラブレッドのように大きな馬が、高校生のお兄さんに連れられてその道を歩いていたときのことだ。

しょっちゅうではなく、見かけるのは半年に1度くらいのものだったが、でかい馬が公道を闊歩しいることにシンプルに驚いた。

あるとき、砲丸投げの玉くらいのサイズのフンが通学路の近くに落ちていた。友だちから、それが馬のフンであることを知らされたとき、驚きよりも納得感のほうが勝ったことをよく覚えている。草ばかり食べているから臭くないだろうと思ったが、普通に臭かった。

 

あと、覚えているのは小学校高学年のお兄さん方のことだ。ジャイアンのようなガタイのいい生徒が、スネ夫のような雰囲気の生徒に、自らのランドセルや私物を持たせていたのを何度か見た。当時はなんかかわいそうだなくらいにしか思わなかったが、いま思い返すとそれはまさに社会の縮図だったような気がする。

 

それと当時、通学路の脇に何面もあるような大きなテニスコートがあり、柵の下によく黄色いテニスボールが転がっていた。柵の下から手を突っ込むと、簡単に持ってくることができてしまう。ボロボロなのが多かったが、なかには新品同様のものもあった。一時、毎日のように拾いすぎて、家の玄関がテニスボールで埋め尽くされたこともある。

 

その数年後、母は子育てがひと段落したくらいの段階でテニスを習い始めた。2つ下の弟は高校時代、軟式テニス部に所属した。もしかすると2人が後にテニスを始めたのは、幼い私が必死にテニスボールを拾い集めたからかもしれない。

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