コラム
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書き方

2019/05/08

決断は、「自分史」を大きく左右する

決断は、「自分史」を大きく左右する

人生は、決断に継ぐ決断の連続です。

 

例えば何気ないある一日を取り上げてみても、朝起きてまず何をするか、何を飲むか、パンに何を塗るか、どの柄の靴下をはくか、駅までどのルートで行くか、どのあたりに並び、どの座席に座るか、どの順番で仕事をするか、何を発言するか、ランチはどこに行くか、どこに寄って帰宅するか…など、何をするにしても常に意思決定が求められます。

 

とはいえ普段の何気ない決断は正直、どちらでもいいことがほとんど。その微妙な決断をするに至るまでの心の葛藤や機微こそ面白みがあり、その細かい描写も読者の共感や関心につながるのですが、日常における選択は何を選んだとしても自分史の大勢にはほとんど影響はありません。

 

しかし稀に、自分の人生を左右する大きな決断がやってきます。転機、変革などと言ってもいいでしょう。どこの学校に進学するか、何の業界に進むか、どんな職業に就くか、誰と結婚するか、別れるか、あるいは独身を貫くか、どの街に暮らすか、転職するか否かなど、これらの大きな決断が、自分史の大枠を形成します。まあこれは、当たり前の話ですね。

 

要するに、自分の歴史を語るうえで大勢に影響のない99.99%の決断と、大きく自分史を左右する0.01%の決断があるということを、まずはイメージしてください。そして後者の大きな決断を並べていくと、自分史の骨格は自然にできあがると思います。

 

いずれにせよ自分史に書くべきは、「なぜその決断をしたのか」です。それこそが書き手の意思が表れる部分であり、読者の関心を引く部分でもあるからです。

0.01%の大きな決断はもちろんのこと、99.99%の日々の些細な決断にだって、何らかの理由や動機はあるはずです。なぜその決断に至ったのか、何を考えて決断したのかというのは、書き手の人間性を如実に表しています。要するに決断というのは、人間らしさに直結する部分。だからこそそのときに感じた心の葛藤を克明に記すことは、読者の興味につながるのです。

 

些細な選択に理由などなかったとしても、例えば「そのとき私はハンバーグかステーキかで大きく揺れていた。後者を注文したのは直感的なもので、そこに明確な理由などない。強いて言うなら、ドリンクバーを拒んだことに腹を立てていた8歳の息子の顔が一瞬だけハンバーグのように見えたからかもしれない」など、なんとなくそう思ったようなことを書くだけでも、それが本当のことならば、その人の心情は伝わってくるものだと思います。

 

もちろん大きな決断をしっかり記すことも、とても意義深いこと。もしかしたらそれが、読者にとっての羅針盤になるかもしれません。なぜそれを決断したのか、そのとき自分は何を思ったか。この部分を意識することで、きっと内容の濃い自分史が完成すると思います。

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