コラム
COLUMN
書き方
哲学は「自分史」に通ず
■人生とは何か
自分史を書くうえで、というより人生を歩むうえで避けられない大きなテーマがあります。それは、「人生とは何か」という哲学的な問いです。
誰もが一度は考えたことはあるでしょうが、その確固たる答えは存在しないだけに、日常生活を送るなかではほとんど「人生とは何か」を意識しないと思います。むしろ、そのことを意識しないまま生涯を終えていく人が大多数ではないでしょうか。
ただ、特に高齢者が自分史を書くにあたっては、その過程において〝自分の人生は何だったのか″という命題を、多少なりとも意識することになりそうです。そこでこの記事では、その答えを導き出すための考え方について触れます。
■哲学とは何か
そもそも哲学とは何でしょうか。辞書によると、その定義は「人生や世界、事物の根源のあり方や原理を、理性によって求める学問。また、経験からつくりあげた人生観」のこと。
別の言い方をすれば、物事の本質を突き詰めることで「人生とは何か」という答えのない問いに対しての正解を導くための学問です。
「人生とは何か」という問いに対し、「人それぞれ」と言ってしまえばそこで終わりですが、哲学者たちは思考に思考を重ね、その答えを導き出すことで人間社会をよりよいものにしようとしています。何も「人生とは何か」についてのみ考えているわけではなく、人間社会全体のことにかかわってくる学問です。
人類に文明が生まれてからの歴史を振り返ると、約1万年ものあいだ人間は戦争をし続け、その勝者が支配者になるというのが普通でした。そのなかで、多くの哲学者たちが〝より良い社会を実現するにはどうしたらいいか″という人間社会における本質を考え続けた結果、昨今の民主主義社会にたどり着いたのです。
例えば1770年に生まれたドイツの哲学者・ヘーゲルは、〝なぜ人類は戦争をするのか″という本質に一つの答えを出しました。
戦争をする動機として「富や権力を得るため」「相手への憎悪」「自国のプライドを守るため」など、表面的には様々な理由が考えられますが、その根底には、人間は「生きたいように生きたい」という欲望、言い換えると「自由への欲望」があるとヘーゲルは推察します。
しかし、権力者が国を治めていては大多数の人間の自由は満たされず、いつになっても戦争はなくならない。そこでヘーゲルは、〝互いの国同士が対等に、自由な存在であることを認め合うこと″で、戦争がなくなると考えました。そして最終的には、この考え以外に、自由で平和に生きる道はないと結論付けたのです。
実際、まだまだ国によっては多少の紛争はあるものの、この考え方によってある程度の秩序は保たれ、各国がこぞって参戦するような世界大戦はなくなりました。ということは今のところ、ヘーゲルの哲学は、平和な世界を実現させるための正解と言えます。そしてこれを「自由の相互承認」の原理といい、現代の民主主義の根底を支えています。
■人生の意味を知るヒント
こうして、哲学によって人間社会が円滑に回る一つの答えが導き出されたわけですが、現代社会で一人ひとりの人間がどのように生きるべきかの答えは、まだ出ていません。そのなかで、「自分の人生とは何だったのかを知るため」というのも、自分史を書く理由の一つになると思います。
では、「人生とは何か」という哲学的な問いの答えを考えるにあたり、まずは現代における一般的な人生のことを考えてみます。例えば高齢の男性ならば、
〝一般企業に就職して定年まで勤めあげ、結婚して子供にも孫にも恵まれ、今は退職金と年金で悠々自適に暮らしている″
といったケースが多いでしょうか。では、この世代の人たちがおよそ通ったであろう人生を送った人は、自分の人生をどのように解釈すればいいのでしょう。
もちろんその解釈の仕方は人それぞれですが、これを一般論として考える大前提として、人は誰もが「幸せになりたい」という思いを漠然と持っているはずです。
では、仮に〝人生の目的=幸福の追求″とするなら、この一般的な男性の人生は幸せでしょうか。もちろん、それは本当の意味では分かりません。ただ、哲学的に概していうのであれば、この人は幸福です。なぜなら〝幸福な人生は典型的・画一的″だからです。逆に不幸な人生はひとくくりにできず、個別に様々なケースが存在します。
つまり一般的な人生を送った人は、それだけで幸せだということができます。このことは、「人生とは何か」という命題において自分なりの答えを導き出すための、大きなヒントになるのではないでしょうか。
■自分の平凡は他人の非凡
ちなみに、このように典型的な人生を歩んだ人の自分史の内容はどのようなものになるでしょうか。実際問題として、多くの人が経験してきた典型的・画一的な人生だけに〝平凡な人生=書くことがない″と考える人もいそうです。しかし、実は全くそんなことはありません。自分からみれば平凡な人生でも他人からすると非凡ですし、人間の個性やその人らしさは、細部にこそ宿るからです。
大小含めた一つひとつの出来事とどう向き合ってきたかが自身の人生の全体を輝かせているわけですから、胸を張ってそれらのエピソードを書き記していけば、必ずその人の魅力が詰まった素晴らしい自分史になります。
そもそも広辞苑によると、自分史とは「平凡に暮らしてきた人が、自身のそれまでの生涯を書き綴ったもの」。一般人が自分の歩みや考えを、何らかの形で残したものが「自分史」ですから、逆に言えば平凡な人生でなければ、自分史とは言えないと考えることもできるのです。
■まとめ
繰り返しになりますが、「人生とは何か」の問いに対する普遍的な答えはどこにもありません。その答えは、自分自身の価値観によって決めるもの。だからこそ自分史制作を通じて自身の過去と未来に向き合うことで、その答えを導くヒントが見えてくるはずです。