コラム
COLUMN
書き方
自分史は誰のために書くのか?
「自分史」はいったい、誰のために書くべきでしょうか。
■読者層を想定する
自分史を書く動機は人によって様々ですから、この問いに明確な答えはありません。ただ、自分史を書くうえで「誰に読んでほしいか」、そして「何を伝えたいか」、つまり読者の存在を意識することは非常に大切です。
世のなかにあるコンテンツのほとんどは、読者層や視聴者層というものを意識して作られています。雑誌を例に取ると、日経ビジネスなど経済関連のものならサラリーマン層、an・anなどのファッション誌ならば若い女性、コロコロコミックや少年ジャンプなどの少年誌は小学生が対象といった具合ですね。
出版社が読者層を想定するのは、当たり前と言えば当たり前ですが、やはり自分史も1つのコンテンツである以上、これらと同様に読者層を想定することが望ましいです。逆に読者層を想定しないと内容がブレやすくなってしまいますし、そもそも書き進めることが難しくなるのではないでしょうか。
■自分史における読者層はどこか
では、自分史の読者層はどこなのか。大別して下記の3パターンが挙げられます。自分史を執筆する際、まずは自分が想定する作品がどのパターンなのかを把握することをお勧めします。
① 自分のためだけに書く(自己成長のため、自分の人生を見つめなおすため)
② 家族や友人に向けて書く(思いを残すため、自分の存在を子孫に伝えるため)
③ 不特定多数の読者に向けて書く(自分の功績や成果を広く伝えるため)
自分史で多いのは②の「家族や友人に向けて書く」、次いで①の「自分のためだけに書く」でしょうか。③の「不特定多数の読者に向けて書く」はどちらかというと、成功者の伝記といったイメージです。
①と②の比較ですが、①は日記的な側面が強いので、やはり②の、家族や友人といった近しい人に「自分の思いを残したい」「自分の足跡を伝えたい」というのが王道パターンと言えそうです。
では、それぞれの項目について簡単に掘り下げてみます。
■①「自分のためだけに書く」
このカテゴリの読者層は、基本的に作者である自分のみ。誰にも読んでもらうことなく自分のためにだけ書くという意味では、日記や手記に近いとも言えます。
自分のためだけに書くことに何の意味があるのだ、と思う方もいるかもしれませんが、自分の人生を客観的に見つめなおすうえで価値があります。つまりこれは、自己分析の延長線上にある自分史制作と言えます。
特に効果的なのは就職活動時で、自己PRを考える際などに自分史を作成する大学生が増えているそうです。過去をしっかりと振り返ることで、自分の価値観を明確にするのが主な目的です。
もちろん就活時は誰もが自分の過去を振り返りつつアピールポイントなどを考えると思いますが、頭のなかだけで延々と考えても表面的なものしか見えてきません。逆に自分史を作るとなると、嫌でもこれまでの自分自身と本気で向き合う必要があるので、必然的に自分の過去を深く掘り下げざるを得ません。そしてこの作業によって自分の本質的な部分がくっきりと見えてくるからこそ、その後の人生を大きく左右する就職活動時に生きるのです。
・学生が自分史を作成する理由
こうして自分の価値観を深く知ることができれば、本当の意味で自分は何がしたいのか、心から望んでいるものは何かが明確になります。そして、自分が心から望んでいる環境に身を投じることができれば、おのずと自己肯定感が上がります。そしてこの自己肯定感の高まりが、自らの幸せにつながるというわけです。
先に挙げた大学生のケースで言えば、自分に合った就職先を見つけることができるでしょうし、社会人の方でも転職を含めて今後の身の振り方が変わって来るかもしれません。高齢者の方であれば、定年退職後の第二の人生がより豊かになるはずです。
なお、大卒で一般企業に就職した人の3年後の離職率は約35%。せっかく学生の頃からコツコツと勉強して大学でしっかり単位を取って厳しい就職活動を経て入社したにもかかわらず、3年後には3分の1の人が離職してしまうという現実があります。要するに既存の就職活動のやり方では、就活生と企業側とのあいだでミスマッチが起こりやすいということです。こうした状況を受け、就活生の離職率を下げるという意味で、就活時における自分史制作がクローズアップされているのです。
■②「家族や友人に向けて書く」
次に、②の「家族や友人に向けて書く」。これが、自分史のなかで最も一般的な読者層と言えます。子ども、孫、妻、夫、きょうだい、友人、人生の恩人など、人によって様々な対象があると思いますが、その動機としては身近な人に「自分の思いを残したい」「自分の足跡を伝えたい」というのが王道パターンです。
ですから、自分史を執筆するにあたって特に読者を意識していないのであれば、まずはこの「家族や友人に向けて書く」ことをイメージするといいと思います。
①の「自分のためだけに書く」だと、自我の要素が強すぎて仮に第三者が読んだときに引いてしまう可能性がありますし、一方で③「不特定多数の読者に向けて書く」を意識しすぎると万人受けしたいという意識が働き、面白みに欠く当たり障りない内容になってしまう恐れがあるからです。
・読者との距離感を意識
さて、「家族や友人に向けて書く」といっても、直接的に彼らに対してメッセージを書かなければならない、というわけではありません。あたかも家族や友人に話しかけるような、それくらいの距離感で文章を書くのがちょうどいいということです。
内容に関しても、不特定多数の人が目をするわけではありませんから、ごくごく内輪のネタが出てきても問題ありません。例えば人名や飲食店の固有名詞などは、一般向けのものならばいちいち説明する必要はありますが、身内だけであれば端折っても問題ないことが多いです(もちろん、丁寧に補足するに越したことはありません)。
ただし子どもや孫に読んでほしいと思うのであれば、基本的に作者の過去を知らないことがほとんどなので、やはり最低限の補足は必要です。
■③「不特定多数の読者に向けて書く」
世のなかにある書籍や新聞、雑誌、テレビや映画など数多くのメディアは基本的に、不特定多数の読者に向けて発信しています。当たり前ですが、それらのコンテンツに触れる人が自分史に比べて圧倒的に多いからです。例えば新聞なら、スポーツ紙を除く日刊紙97紙の総発行部数は3065万部(2021年・日本新聞協会調べ)。テレビなら、仮に視聴率10%の番組だとすると約650万人が視聴しているわけです。
一方で自分史は家族や親戚、知人など、基本的にはごくごく狭い身内に向けたものなので、「不特定多数の読者に向けて書く」というのはある意味、自分史と相反する要素と言えそうです。
そのなかで、不特定多数に向けて書かれている自分史の代表格として挙げられるのが、著名人の自伝・自叙伝や、歴史上の人物の伝記など。なぜ不特定多数に向けて書かれているかと言えば、不特定多数の人々がその人物に対して興味を持っているからです。
ちなみに日本で最も読まれたであろう一般書籍は黒柳徹子さんの自伝「窓ぎわのトットちゃん」で、販売部数は約800万部。次いで、乙武洋匡さんが自身の半生をつづった「五体不満足」が約600万部です。
これは情報ツールの中心が雑誌や書籍でインターネットが普及していない時代だからこそ生まれた凄まじい部数ですが、特に自伝本は当たれば大きいという側面を持っています。要するに、そこに需要があってビジネスとして成り立つからこそ、著名人の自伝が書店に並ぶというわけです。
・出版詐欺にご注意
逆に言えば一般人の自分史が書店に並ばないのは、単純に売れないからです。ただ、仮に一般人だとしても、自分史を不特定多数に向けて書いたとしたら、やはり多くの人に読んでほしいもの。
この心理に目を付けた出版社が、最初から売れないことが分かっているにもかかわらず、「売れたら印税が入りますよ」などとそそのかし、数万部という出版費用を自己負担させるといった詐欺まがいのやり口が横行した時期がありました。リスクは全て自分史の著者に背負わせ、出版社はノーリスクで多額な出版費用を得るという、いわゆる出版詐欺です。
今でも巧妙に「自伝コンテスト」のような賞をつくり、そこに集まってきた人々に対して罠のような話を持ち掛ける業者もいるようですから、その際は充分にお気を付けください。
・不特定多数に向けて書かれた自分史
一般人が不特定多数に向けて書くケースとして最も多いのは、経営者の自分史でしょうか。京セラ創業者の稲盛和夫さんやソフトバンクの孫正義さん、ユニクロの柳井正さんなどは、会社規模が桁違いで有名すぎるのでもはや一般人とは言えませんが、社員が数名ほどの中小企業の社長は、いわば一般人。中小企業の社長の自伝となると、取引先の社員やこれから入社してくる社員、あるいは今後に会社が大きくなることなどを考えると、必然的に不特定多数に向けたものになります。
ただ、それは結果的にそうなるだけで、「不特定多数だけ」「身内だけ」といった感じで読者を厳密に絞れるわけではありませんが、やはり自分史を書く際はあくまでも〝読者を想定して書く″というのが大前提です。
他にも経営者でなくとも、昨今の政治や国の姿勢、あるいは特定の団体などについてもの申したい、訴えかけたいというような何らかの思想を持っている人の自分史は、不特定多数に向けたものになりやすいです。もちろん、これもまた自分史の一つの在り方です。
■文体の統一を考える
読者を想定した後に考えておきたいのは、文体の統一。具体的には「である調」か「ですます調」、どちらで書くかです。これが混在していると非常に読みづらく、読者に違和感を与えてしまうため、やはり文体の統一は必須だと思います。
一般的な使い分けですが、①の「自分のためだけに書く」と②の「家族や友人に向けて書く」が「である調」、③の「不特定多数に向けて書く」が「ですます調」というのが普通でしょうか。とはいえ、これはどちらが正しいというわけではないので、書き手である自分がしっくりくるほうを選べばいいのではないかと思います。
■まとめ
この記事では便宜的に「自分のためだけに書く」「家族や友人に向けて書く」「不特定多数の読者に向けて書く」という3つに分類して掘り下げました。ただ、いまさらで矛盾を感じたら申し訳ないのですが、このカテゴリが大事なわけではありません。
繰り返しになりますが、大切なのは「誰に何を伝えたいのか」を明確にすることです。その結果として、おおよそ3つくらいのカテゴリに分けられるということなのです。
「誰に何を伝えたいか」というのは、文章の技術よりもよっぽど大事なものです。そもそも商業出版されない自分史に、文章の巧拙はほとんど関係ありません。「誰に何を伝えたいのか」が明確で、かつ作者自らの率直な言葉で綴られていれば、作者の思いと人柄が反映された素晴らしい自分史に必ずなると思います。