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書き方

2022/09/09

「自分史」とは、何か

「自分史」とは、何か

 


 

■自分史は一般人のためのもの


 

「自分史」って、ご存知ですか。

 

広辞苑によると、自分史とは「平凡に暮らしてきた人が、自身のそれまでの生涯を書き綴ったもの」。要するに一般人が自分の歩みや考えを、何らかの形で残したものが「自分史」です。

自伝や伝記ならば何となくイメージしやすいですが、「自分史」という言葉はさほど浸透していないかもしれません。30~50代の働き盛り世代はもちろん、最も自分史を書く割合の多い高齢者の方でも、その言葉というか、概念自体を知らない人は意外と多いです。

 

もしかしたら、むしろ若者世代のほうが「自分史」になじみがあるかもしれません。昨今、自分を客観視する能力を養ったり、自分のなかにある価値観を明確にするといった理由で、小・中学校や高校で自分史を書く課題があるそうです。また近年では、就職活動時に自己分析のツールとして、自分史を書く人も増えています。採用する企業側からすると、履歴書だけでは分からない求職者の内面の部分、たとえば価値観や生い立ち、考え方、本質的な性格などを知れるというメリットがあります。

 

 

■自分史を作れない人はいない


「自分史」という字面だけをみると、何か壮大な物語を書かなければならない、あるいはすべての情報を網羅しなければならないと感じる人もいるかもしれません。しかし本来の意味としてはむしろ逆で、ともすれば平凡な人生において自分がどんな道を歩んできたか、何を大切にしてきたか、どんなことを考えてきたかという思いを、率直に書き連ねることができれば、それは充分に立派な自分史です。


たとえば映画やドラマのように、脚本家の空想で構築された感動的なストーリーやドラマチックな物語よりも、ささやかな日常における心の機微を記すことのほうがよほどリアルで、読者の共感を呼ぶはずです。”事実は小説よりも奇なり″という言葉どおり、平凡な日常のなかに面白味や意外性は隠れています。そうした一つひとつのエピソードを書き連ねていけば、きっと内容の濃い自分史になるはずです。


大切なのは、自分の記憶と思いをありのままアウトプットすること。自分史を書く際に必要な要素は、それだけです。ということは、あたりまえですが潜在的には、どんな人でも自分史の作者です。あとは自らの人生を形として残すか残さないか、その2択だけです。

 

 

■「自伝」と「自分史」の違い


自分史を簡単に分類すると、以下のようになります。

 


成功した著名人 = 自伝・伝記・回顧録

一般人   = 自分史・手記・日記

 

上の「成功した著名人」の自伝や伝記、回顧録は、もちろんその輝かしい足跡を残すためというものですが、なぜそれらの書籍が広く出回っているかと言うと、それに興味を持つ人がたくさんいるからです。ビジネス的な視点で言えば、それらが売れて出版社が儲かるからです。


逆に、例えば一般人Aさんの自分史に興味を持つ人は、Aさんを知っているがほとんど。つまりAさんの自分史が欲しいという人は現実問題、世の中にはほとんどいません(ただ、家族など特定の人にとっては非常に価値が高いものです)。

 

では、その内容はどうか。もちろん歩んだ人生や功績は人それぞれですが、著名人であれ一般人であれ、〝自分の人生を記す″という意味では一緒。つまり知名度やその需要が異なるだけで、「自伝」も「伝記」も「回顧録」も「自分史」も本質的には一緒です。

 

 


■自分史を残す価値



ということは極論ですが、一冊でも自分史を作っておけば、あなたも偉人と肩を並べる歴史上の人物です。逆に、自分史がなければその人の生き様や思いは、亡くなったときに全て無となってしまいます。

 

もっとも、これはどちらのほうがいいというものでもなく、自分史を遺すのも遺さないのも本人の自由です。それに現状では圧倒的に、自分史を作らないまま亡くなっていく人が多いです。ただ一つ言えるのは、〝いつか自分が亡くなったとしても、自分史があれば遺された家族は嬉しく思うし、その存在は家族の身近にあり続ける″ということ。このことは、心の片隅に留めておいていただけたら幸いです。

 

そもそも「自分史」という概念が生まれたのは、それなりに人々の生活が豊かになりはじめた1975年頃。以降、高齢者を中心にじわじわと興味を持つ人が増え、最近では高齢社会というのも相まって、にわかに「自分史」ブームの機運が高まりつつあります。また親孝行の一環として、子どもが親の自分史を作ってプレゼントするというケースも増えています。

 

 

■残したくても残せない理由


専門機関のリサーチによると、65歳以上の高齢者を対象に「自分史を残したいですか」という質問をしたところ、約7割の人が「はい」と答えたそうです。


このように自分史を残したいと潜在的に思っている人が実は多いという一方で、実際に書き残す人はごく一部という事実もあります。その根底には日本人ならではの奥ゆかしさというか、〝謙遜は美徳″という思いがあることは確かです。高齢の方であればなおさら、「でしゃばって自分史なんかを作って恥をさらしたくない、このまま静かに余生を過ごしたい」と思っている人は多いです。


一方で人間には、「自分のことを知ってほしい」「自己表現したい」という根源的な欲求があります。その思いに気付きつつも、日本人ならではの美徳が邪魔をし、その結果として7割の人が「自分史を作りたい」と思いながら結局、作らないままこの世を去っている現状があるのではないかと推察しています。

 

また、自分史を残したくても残せない理由の一つに、〝制作時の敷居の高さ″が挙げられます。確かに、本格的な書籍の形にするのであれば専門家の手助けは必要ですが、そもそも自分史にはルールや縛りは一切ありません。何を書くか、どうやって書くか、どれくらいの文字数を書くか、どういった形で残すか、どんな媒体を活用するかも含めて、その人ならではの「自分史」になります。日記やブログ、もっと言えば遺言書やエンディングノートであれ、広義の意味では「自分史」です。

 

 

■まとめ


繰り返しになりますが、自分史とは「平凡に暮らしてきた人が、自身のそれまでの生涯を書き綴ったもの」。ということは誰にでも、どんな人生であっても、自分史を残せるチャンスも権利もあるのです。まずは、この定義について知っていただけたらと思います。

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