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自分史の豆知識

2022/11/26

【1939年】自分史と関連付けて書きたい1939年の出来事

【1939年】自分史と関連付けて書きたい1939年の出来事

1939(昭和14)年に生まれた人は、今年(2022年)で83歳を迎えます。

 

 

■第二次世界大戦への一連の流れ


1939年は、第二次世界大戦が始まった年です。ただ、日本は中国との戦闘は続いていたものの、当初の世界大戦の中心はヨーロッパだったので、日本国内はそれほど切羽詰まった雰囲気はありませんでした。しかし、この世界大戦が始まったことにより日本の運命が大きく変わったわけですから、やはり取り上げないわけにはいきません。

 

第二次世界大戦のきっかけは、アメリカに端を発した1929年の世界大恐慌です。そもそもこの大恐慌は、第一次世界大戦国への物資供給により好景気が訪れたアメリカが過剰に設備投資を行なった結果、生産過剰に陥ったことで引き起こされたもの。そして世界大戦によって世界経済がアメリカに依存しすぎたことにより、アメリカの不況がダイレクトに世界経済の破綻に繋がったのです。

 

このとき最も経済的に苦しくなったのは、第一次世界大戦の敗戦国となったドイツです。1320億マルク(1913年のドイツ国民総所得の2.5倍)という多額の賠償請求を戦勝国(フランス・イギリスなど6ヵ国)からされていたドイツは、まさに泣きっ面に蜂とも言える最悪な状態。この疲弊しきったドイツの救世主として国民の支持を一気に集めたのが、かのアドルフ・ヒトラーでした。

 

ドイツ経済を立て直すためにヒトラーが真っ先に着手したのは、かつてドイツ領だったポーランドを再び自国に取り込むこと。そしてこの年の9月1日、経済の要所でもあったポーランドに攻め込んだのが第二次世界大戦の始まりです。こうしたドイツの暴走を止めるため、イギリス・フランスの両国はドイツに宣戦布告。これを皮切りに、6年間に及ぶ世界大戦が幕を切って落とされたのです。

 

 

■太平洋戦争の引き金となった「ノモンハン事件」


またこの年、第二次世界大戦が始まる直前ですが、モンゴル人民共和国の国境付近のノモンハンで日本とソ連とのあいだで生じた戦闘が「ノモンハン事件」です。この地が日本の満州国か、はたまたソ連が支援して独立したモンゴルのものかというのが争点でしたが、この論争は互いに一歩も譲りません。


そして日本とソ連との小競り合いが始まるのですが、近代兵器を持っていなかった日本軍が劣勢を強いられます。しかし日本は幸いと言うべきか、そのさなかに第二次世界大戦が起こったことで、ひとまずこの戦いは停戦協定が成立しました。そして日本軍はソ連軍との戦いで苦戦したことにより、ソ連への北進よりも東南アジアへの侵攻を重視するようになったのです。

 

こうしてソ連との戦いは4ヵ月で停戦となりましたが、中国との戦争は2年が過ぎても終わりが見えず、次第に国内では物資不足が深刻化し始めます。
そんな日本に対し、中国を支援していたアメリカやイギリスは対日の経済制裁を強化。石油や鉄鋼といった戦争に必要な資源をほぼアメリカからの輸入に頼っていた日本は、厳しい経済制裁を受けると戦争どころではなくなります。一方で東南アジアの各国には、それらの資源が豊富にある。この資源を確保しようとしたことも、日本が第二次世界大戦に参戦した理由の一つとして挙げられます。


特に「ノモンハン事件」後、日本軍は東南アジアの攻略に注力し始めます。つまり「ノモンハン事件」は、日本の目を北方から東南アジアに向けさせたという点において、歴史的にみるとターニングポイントとも言える出来事でした。

 

 

■ひたひたと忍び寄る戦争の気配


来たるべき大戦に向けて、社会の体制も変わり始めます。当時のメディアの中心だった映画製作では事前の検閲強化や外国映画の上映制限、ニュース映画の強制上映などが決定。食の分野では「米穀配給統制法(米の需要と供給を円滑にするための法律)」が公布され、物資不足を補うための食料の配給体制が整います。国の有事に不謹慎だという理由で、歓楽街の飲食店では0時以降の営業や、夜にネオンを灯すことも禁止されました。

 

戦争の気配は、学生たちの間にもくっきりと表れます。例えば大学では軍事教練(徴兵を見据えた座学や実技などの軍事教育)が必修科目となり、他にも軍医を増やすことを目的に複数の大学で臨時の医学部を設置。15~25歳の男子に義務化した体力測定では100mや2000m走のほか、手りゅう弾投げという項目も加えられました。いま、100歳前後の男性のほとんどが、この経験をしているはずです。

 

また、戦争に備えて軍艦や戦車、戦闘機、重火器といった各種兵器の製造が急ピッチで進められたことで、それら資材となる〝鉄″の不足が深刻になります。そこで、家庭や街から鉄製品を回収することが決定。家庭からは灰皿や火鉢、ペンチが、街からは郵便ポストや街路樹、広告塔などが消えたのです。鉄が求められていたことを端的に示すエピソードとして、この年の東京の長者番付では鉄屑業者の社長が1位だったそうです。

 

〈1939年の新語・流行語〉

・産めよ殖せよ国のため(国力増強を目指し、厚生省が発表したスローガン)
・複雑怪奇(当時の平沼総理が内閣総辞職する際に発した言葉。味方だと思っていたドイツが、日本と衝突していたソ連と不可侵条約を締結したことを受けて)
・日の丸弁当(米に梅干しが乗っているだけの質素な弁当。自己犠牲の精神を育む国民精神総動員政策の一環として推奨された)

 


〈1939年に生まれた有名人〉


1月11日 ちばてつや(漫画家。東京都中央区出身。代表作は「あしたのジョー」「あした天気になあれ」など。作品の実績が評価され、1980年には講談社主催で有望な漫画家の発掘を目的とした「ちばてつや賞」が設立された)
1月22日 千葉真一(俳優。千葉県君津市出身。日本を代表するアクション映画スターとして活躍。海外では「サニー千葉」で知られる。長男は俳優の新田真剣佑、次男は俳優の眞栄田郷敦)
4月10日 水島新司(漫画家。新潟県新潟市出身。代表作は「ドカベン」「あぶさん」「野球狂の詩」など。野球漫画の第一人者として知られる)
7月12日 中村玉緒(女優・タレント。京都府京都市出身。映画やドラマの脇役として評価を得る。夫は俳優の勝新太郎。近年はTVのバラエティ番組でも人気に)
8月25日 コシノジュンコ(ファッションデザイナー。大阪府岸和田市出身。銀座や青山にブティックを構える傍ら、1985年には北京で中国最大のファッションショーを主催)
10月21日 五月みどり(歌手。東京都江戸川区出身。チャーミングな美貌で人気を博し、NHK紅白歌合戦には3年連続で出場。後に女優として活動)
11月17日 内田裕也(ミュージシャン。兵庫県西宮市出身。「口ぐせは「ロックンロール」。「打倒!紅白歌合戦」をテーマに、毎年12月にロックイベントを主催。妻は女優の樹木希林)
12月23日 水森亜土(イラストレーター。東京都中央区出身。NHKのテレビ番組「たのしいきょうしつ」で、歌いながらアクリルボードに両手でイラストを描くパフォーマンスで話題に)

 

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