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自分史の豆知識

2022/07/29

【1929年】自分史と関連付けて書きたい1929年の出来事

【1929年】自分史と関連付けて書きたい1929年の出来事

1929(昭和4)年に生まれた人は、今年(2022年)で93歳を迎えます。


この年のトピックは、アメリカの株価大暴落(ブラックマンデー)によって起こった「世界恐慌」でしょうか。当時、アメリカは世界経済の中心であり、アメリカの不況が世界中に連鎖しました。実際、1929年~1932年のあいだで世界全体の国内総生産(GDP)は約15%も減少しています。アメリカとの貿易が活発化していた日本も当然、その影響をもろに受けました。

 

その原因として、アメリカ国内では第一次世界大戦後の好況のなかでの過剰な資本投資、設備投資による生産過剰が挙げられます。工業・農業共に過剰生産のため製品の価格が下落し、労働者の収入は激減。さらに欧州各国が高関税対策で国内産業に注力したり、アジアの経済成長やソ連の社会主義圏成立などでアメリカ自体の市場が縮小しつつあり、アメリカ国内には失業者が溢れかえります(失業率25%)。これらの結果、アメリカの株価は大暴落したのです。

日本も第一次世界大戦では戦勝国となったものの、数年後の関東大震災や、好況による過剰生産で起きた昭和金融恐慌などで経済が弱体化していたタイミングだったこともあり、危機的状況に陥ります。都心部では多くの会社が倒産して失業者があふれ、大卒者の就職難も深刻に。農村部では不況のうえに冷害による凶作や津波などの自然災害が続いたため、収入は激減し、金策のため娘を身売りする農家も少なからずあったそうです。

とはいえ、日本はダメージの大きかった農山漁村への手厚い補助金の支給や、アジア地域への輸出拡大により、欧米諸国に先駆けて景気回復を遂げます。さらに重工業(鉄鋼、機械、造船、自動車など)化へ向けた経済体の制転換などの政策が功を奏し、1940年には国民所得が世界恐慌前の2倍以上となりました。
この頃に幼少期を過ごした人は、日本の景気がどん底から徐々に回復していく様を肌で感じたかもしれません。それもまた、自分史に書くべきエピソードと言ええそうです。

 

〈1929年の新商品〉

・サントリーウイスキー(国産では初。当時の会社名は「寿屋」)
・さくらフィルム(国産では初のカメラフィルム。現在のコニカミノルタが販売)

 


〈1929年の新語・流行語〉

・緊縮(世界恐慌による金融政策で財政緊縮が求められた)
・国産愛用運動(内需拡大を促す運動)
・「大学は出たけれど」(大卒者の就職率30%という不況の昭和初期を舞台に、求職者が奔走するさまを描いたコメディ映画)

 

〈1929年のヒット曲〉
・蒲田行進曲(♪紅の都光の湊 キネマの天地~ プロ野球や高校野球の応援歌としておなじみ)

 

〈1929年に生まれた有名人〉
1月17日 村田英雄(演歌歌手。戦後歌謡界の黄金期を牽引した演歌界を代表する歌手の一人。ライバルは三波春夫)
2月6日 大川慶次郎(競馬予想家。1日全レース的中4度の実績から「競馬の神様」と呼ばれる)
2月13日 フランキー堺(コメディアン、俳優。ジャズドラマーとして芸能界に入り、のちに映画俳優に。晩年はテレビ番組の司会も務める)
3月28日 色川武大(小説家。麻雀関連では阿佐田哲也とも。色川名義では純文学を、阿佐田名義では「麻雀放浪記」などギャンブル小説を多数発表)
6月15日 藤山寛美(喜劇役者。松竹新喜劇のスターとして活躍、「松竹の喜劇王」と称される。娘は女優の藤山直美。)

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