コラム
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自分史の豆知識

2019/05/06

「エンディングノート」だけでは、物語は完結しない

「エンディングノート」だけでは、物語は完結しない

エンディングノートは、「自分史」の一部です。

 

 

以前の記事で触れたこの部分を、もう少し掘り下げてみたいと思います。

大前提として、エンディングノートには法的な効力はありません。相続や財産などにおいて本人の希望が書かれていたとしても法的拘束力がないので、法的には家族はそれを反故にすることもできます。もちろん、道徳的にはどうかと思いますが…。法的拘束力を含んだ書面を作りたいのなら、全文直筆で書くなど定められたルールにのっとり「遺言書」を書く必要があります。

 

なお、2011年に公開された映画「エンディングノート」の公式ホームページでは、主人公が「エンディングノートとは簡単に申しますと遺書なのですが、遺書よりはフランクで公的な効力を持たない家族への覚書のようなものです。自分の人生をきちんとデッサンしておかないと、残された家族は困るでしょうから…」と語っています。これなど、エンディングノートの特徴を端的に表したコメントではないでしょうか。

 

エンディングノートには法的根拠はない。ということは法の下では、「エンディングノート」も「自分史」も同じようなものです。であるなら、何もエンディングだけでなく、オープニングから全ての出来事を記してもいいはずです。一人の人生を一つの物語と捉えるなら、最後のエンディングだけ見せられたとしても、そのストーリーはよく分からないでしょう。当然、読者は共感や感動ができません。

 

当たり前のことですが、人生はオープニング(生誕)があって年齢を重ねながらたくさんのエピソードを経て、それらが有機的なつながりをもってエンディングに向かっているわけです。だからこそエンディングだけでなく、そこにたどり着くまでの経緯をしっかり記してみることをお勧めします。

 

すでにエンディングノートを書き終えているという人でも、それに補足する形で自分史を書いてみるとおもしろいと思います。ぜひ、オープニングから今の自分の人格を形成するに至った数々のエピソードも思い出しながら、エンディングノートに記した内容につながるように書いてみてください。その意味で自分史は、「なぜエンディングノートにその内容が書かれたか」という問いの答えでもあります。自分史を書くことで、もしかするとエンディングノートの内容もよりよいものに書き換えられるかもしれません。

 

そしてその内容はきっと今よりも感動的で、より周囲への人々に伝わる内容になっているはずです。なぜなら自らの人生への理解がより深まったうえで、改めてしっかりとエンディングを語れるからです。

 

「エンディングノート」は自分史の一部に過ぎません。言い方を変えれば、自分史の一要素として「エンディングノート」があるわけです。エンディングノートや自分史を記す際はぜひ、このことを頭の片隅に置いていただけたら幸いです。

 

 

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